ヒトをはじめとして哺乳類のゲノムの少なくとも50%以上の領域は、遺伝子をコードしない反復配列によって占められている。この反復配列のほとんどはゲノムを飛び回る能力を持っていた転移因子に由来しており、内在性レトロウイルスはその1つのグループを構成するlong terminal repeat(LTR)型のレトロ転移因子で、ヒトではゲノムの〜8%を占める。マウスでは、レトロ転移因子はまだアクティブに活動しているものが残っており、マウスの突然変異の10%までは内在性レトロウイルスの転移によるといわれている。このようないわゆる利己的な遺伝子の進入と増幅を防ぐために、生体には様々な抑制機構が存在する。そのひとつにレトロ転移因子の遺伝子発現抑制機構があり、体細胞や生殖細胞においては宿主ゲノムに取り込まれたレトロウイルス(プロウイルス)の発現抑制にはDNAのメチル化が重要であり、LTR部分のDNAのメチル化レベルが低下すると、プロウイルスの発現が上昇する。ところが、胚性腫瘍(embryonic carcinoma:EC)細胞や胚性幹(embryonic stem:ES)細胞などのような発生初期の胚から樹立された細胞株では、DNAのメチル化に非依存的な、特別なプロウイルスの発現抑制機構が存在することが30年以上も前から知られていた。しかし、その詳細なメカニズムは良くわかっていなかった。
今回我々は、この発生初期の細胞で特異的に機能しているプロウイルスの発現抑制機構に、ヒストンリジンメチル化酵素ESET/SETDB1が非常に重要な役割を持つことを明らかにした。ESETはヒストンの特異的なアミノ酸(ヒストンH3の9番目のリジン残基:H3K9)をメチル化する活性を持ち、ESETをコードする遺伝子を条件的に欠失できるES細胞の解析から、ESETを除去すると内在性レトロウイルスの発現レベルが著しく上昇した。そして、内在性レトロウイルスのLTRプロモーター領域のH3K9はESET依存的にトリメチル化されていることも判明した。また、ESETはプロウイルスのLTR領域にKAP1と呼ばれる分子に依存して導かれることも明らかとなった。さらに、ES細胞におけるプロウイルスの発現抑制には、ESETのヒストンメチル化活性は重要であるものの、DNAのメチル化は必ずしも必要でないことが分かった。以上のことから、ESETは、DNAのメチル化状態がダイナミックに変化する胚発生初期の細胞で、DNAのメチル化非依存的に、プロウイルスの発現抑制に寄与していることが示唆された。
図: ES細胞における、ESET による内在性レトロウイルス転写抑制機構
