イオンを利用して細胞の外に蛋白質を運ぶメカニズムを初めて解明
-原子レベルの膜タンパク質の構造から見えてきた仕組み-
森 博幸 がん遺伝子研究分野准教授と東京大学大学院理学系研究科 濡木理教授、塚崎智也助教、京都産業大学総合生命科学部 伊藤維昭教授らの研究グループは,細胞内でリボソームにより合成された蛋白質が生体膜を超えて輸送される際に,重要な役割を果たす膜蛋白質SecDFの詳細構造を世界で初めて解明しました。その構造から「生体膜を隔てた陽イオンの濃度差を利用してSecDFが大きな構造変化を繰り返し,膜を超えた蛋白質輸送に関与する」という新たな仮説を提唱し,いくつかの生化学と生物物理学の手法を駆使してこの仮説を立証しました。生命体に欠くことのできない基本的な生命現象の一つである蛋白質の輸送の仕組みを原子レベルで解析した本研究成果は,当該分野のみならず膜を超えた細胞内外へのイオンや薬剤等の輸送の研究にも大きな影響を与えることが期待されます。
本研究成果は,英国科学誌ネイチャーに5月12日(日本時間)付けで公開されました。
研究の背景
すべての細胞には新しく合成された蛋白質が,合成の場である細胞質からその蛋白質が実際に働く場所へと生体膜を超えて分泌輸送される仕組みが備わっています。通常はイオンすら通さない生体膜が蛋白質という巨大な分子を透過させることができるのは,生体膜に蛋白質を膜透過させるための専用のチャネル (Secトランスロコン)が存在しているからです。
蛋白質の輸送の仕組みについては,後にノーベル賞の受賞に結びついた,1975年にブローベルらが発表した「シグナル仮説」をはじめ,現在に至るまで数多くの研究結果が発表されています。原核生物における Secトランスロコンは SecYEG と呼ばれる膜蛋白質の複合体であり,Secトランスロコンを介した蛋白質の分泌は膜に局在するモーター蛋白質 SecA によって 駆動されています (図1A)。
この時 ATPがエネルギーとして使われますが、蛋白質の分泌がプロトン駆動力(PMF)によっても促進されることは謎でした。
研究成果と意義
本研究では、真正細菌や古細菌で蛋白質の分泌に関わることが知られていた SecDF という膜蛋白質に着目しました。
SecDF は SecYEG と複合体を形成し蛋白質の膜透過を高効率化していると考えられていましたが,実際にどのような働きをしているのかはほとんどわかっていませんでした。
その原因として SecDF が水に溶けにくい膜蛋白質であり取扱が困難であったことや,SecDFの働きを細胞の形が失われた試験管内反応で解析することが困難であったこと等があげられます。
今回の発表は、本研究グループの7年間にわたる SecDF研究が実を結んだものです。
まず SecDFを安定かつ大量に精製する方法を確立し,結晶化に成功しました。
続いて,大型放射光施設 SPring-8を利用した X線結晶構造解析によって SecDFの構造を高分解能で決定しました。
さらに、得られた立体構造から予測される SecDF の機能部位を改変する一連の解析から SecDFの働きを初めて明らかにしました。
SecDFの結晶構造から,SecDFは疑似2回対称に配置した12本のα-ヘリックスからなる膜貫通領域と2つの細胞外(ペリプラズム)領域 (以下P1, P4と略します)から構成されることがわかりました (図1B)。
P1領域は2つの構造単位、ヘッド領域とベース領域からなります。SecDFのP1領域はダイナミックな構造変化を起こし,ヘッド領域の配向が異なった F型 と I型 の2つの形をとります (図2)。
また、SecDFの膜貫通領域はPMFを利用した薬剤排出トランスポーター AcrBの膜貫通領域と類似の構造をとることがわかり,SecDF も水素イオンを利用することが考えられました。 in vitro における蛋白質の膜透過反応を調べることによって,ATP と SecA が必要とされる膜透過を開始するステップと、その後ATPがなくても進行する蛋白質膜透過の後期・完了ステップに分けて解析することができます。
この実験により SecDF と PMF はこの ATPに依存しない後期ステップに必要であることが突きとめられました。海洋性細菌由来のSecDFは、水素イオンの代わりにナトリウムイオンを利用して蛋白質膜透過を促進していることも明らかにされました。
パッチクランプ法による電気生理学的解析と SecDFの変異体解析によって,SecDFの膜貫通領域にはプロトンの通り道が存在することがわかり,この膜貫通領域の中心部に存在する進化的に保存されたアスパラギン酸残基,アルギニン残基 (図3)が,プロトンの透過と SecDFの働きの両方に必須であることが証明されました。一方,膜から突出した P1領域は、膜透過途上にある分泌蛋白質など安定な構造をとっていない蛋白質と結合する性質があることがわかりました。
P1領域の変異体解析から 図2 に示した P1領域の構造変化が実際に生体内で起こり,この構造変化が蛋白質の膜透過反応に重要であることを示しました。 以上の結果から,図4 に示したように「SecDF は水素(陽)イオンの細胞内への流入を利用して大きな構造変化を繰り返しながら,ペリプラズム側で膜透過基質蛋白質と相互作用し,膜透過の高効率化に寄与する膜内在性シャペロンである」との結論を得ました。
本研究では,蛋白質の膜透過に関わる Sec蛋白質群のなかで唯一構造の報告がされていなかった SecDF の構造を明らかとし,その機能の詳細を解明しました。今後,本研究成果によって図1に示した Secトランスロコン複合体の立体構造と機能解析の研究が大きく進展することが期待されます。そして、膜を隔てた物質輸送の研究分野一般にも大きな影響を与えることが期待されます。また近年多剤耐性遺伝子を持つ病原菌が問題となっていますが,これらの菌体は SecDFを持つため、SecDFの細胞外領域を標的とする新しいタイプの抗生物質が発見につながるなど、基礎科学だけでなく医学への応用も期待されます。
本研究成果は,文部科学省科学研究費補助金[特定領域研究(22020008,22020035),新学術領域研究(22121503)],日本学術振興会科学研究費補助金[基盤(S)(20227003), 基盤(A)(20247020), 基盤(B)(22370070), 若手研究B(21770135)], ターゲットタンパク研究プログラム, 科学技術振興機構バイオインフォマティクス推進センター (BIRD)などの支援を受けました。
図1 蛋白質の膜透過とSecDFの詳細構造。
A: Sec蛋白質複合体による蛋白質の膜透過の模式図。
B: SecDF の結晶構造。数字で示した12回の膜貫通領域 (1-6と7-12が疑似2回対称) と細胞外 (ペリプラズム側) に突出した領域から構成されています。
図2 SecDFのF型とI型。P1領域のヘッド領域の配向が異なった2つの形をとります。
図3 SecDFの機能に重要なアミノ酸残基。膜貫通領域の中心部の膜貫通領域の 拡大図を示しました。数字は膜貫通領域の番号を表しています。
図4 PMFを利用したSecDFの機能モデル。SecDFはSecYEGと複合体を形成します。
SecA ATPase によって SecYEG を介して運搬された前駆体蛋白質は細胞外で SecDFの細胞外領域と相互作用します(A)。その後 SecDF は F型 から I型 へと前駆体蛋白質を保持したまま構造変化を起こし,蛋白質を透過させます(B)。最終的にプロトンの透過により,SecDFは蛋白質を手放し,I型 から F型 へと構造変化をします(C)。このような過程を繰り返すことにより SecDF は蛋白質の膜透過に関与するとのモデルを提唱しました。※ 必須のアルギニン残基(Arg), アスパラギン酸残基(Asp)を図中に模式的に示しています。
用語解説
注1 シグナル仮説
細胞内で運搬される蛋白質には,自身のN末端に荷札となる特徴的なアミノ酸配列が付加された状態で合成され,運搬途中に切断を受けるとの仮説。後に証明され,1999年ノーベル医学生理学賞の受賞につながった。
注2 プロトン駆動力(PMF)
膜を隔てたプロトンの濃度差等に起因する電気化学的ポテンシャル
注3 SPring-8
兵庫県佐用町に位置する世界最大級の大型放射光施設で,強いX線を用いた実験が可能。
注4 X線結晶構造解析
蛋白質等の生体高分子の立体構造を明らかにする手段の一つ。構造解析には,解析する分子から構成された結晶を得る必要がある。
注5 AcrB
細菌に存在し,多くの薬剤排出に関与する膜蛋白質。膜貫通領域は水素イオ
ンを透過させると考えられており,PMFを利用した薬剤排出を行う。
注6 in vitro
直訳は「試験管内」。細胞からの抽出物等を用いた反応系による実験をさす。
注7 パッチクランプ法
細胞膜を隔てたイオン等の透過を電気信号として検出する手法の一つ。
注8 変異体解析
本研究では得られたSecDFの構造情報を基に,重要と推定されたアミノ酸残基を他のアミノ酸に人工的に置換してSecDFの解析を進めた。


