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ウシ族とレンチウイルスの共進化・進化的軍拡競争の分子ウイルス学的理解

山田英里1, 中野雄介1, 吉川禄助1, 泉泰輔1, 小林朋子2,任鳳蓉3, 宮沢孝幸4, 小柳義夫1, 佐藤佳1,5*


(1京都大学ウイルス研究所ウイルス病態研究領域, 2東京農業大学農学部畜産学科生産科学分野家畜衛生学,3東京医科歯科大学大学院難治疾患研究所生命情報学・システム情報生物学, 4京都大学ウイルス研究所信号伝達分野, 5科学技術振興機構CREST, *責任著者)

"A naturally occurring bovine APOBEC3 confers resistance to bovine lentiviruses: implication for the co-evolution of bovids and their lentiviruses"

Scientific Reports. 2016 Sep 26;6:33988. doi: 10.1038/srep33988


 ヒトを含むほ乳類は、宿主制御因子(restriction factor)あるいは内因性免疫(intrinsic immunity)と呼ばれる、ウイルス複製を阻害するタンパク質を保有している。 一方ウイルスは、その宿主制御因子に対抗するためのタンパク質を進化の過程で獲得してきたことが明らかになってきている。
 宿主制御因子の一例として、レンチウイルスの複製を強力に抑制する活性を持つ細胞性シチジン脱アミノ化酵素である APOBEC3(A3)ファミリータンパク質はよく知られている。 一方、レンチウイルスは、viral infectivity factor(Vif)というタンパク質をコードしており、ユビキチン/プロテアソーム依存的経路で A3 を分解し、宿主の A3 による抗ウイルス作用を相殺・拮抗阻害することでその複製能を獲得してきたことがわかってきた。 これまで、ヒトを含む霊長類の A3 ファミリーと、HIV を含む霊長類レンチウイルスの Vif タンパク質の機能的相互作用についてさまざまな研究が行われ、得られた結果を基に、霊長類レンチウイルスと霊長類の共進化・進化的軍拡競争の経緯が推測・議論されてきた。 しかしながら、霊長類以外の A3 遺伝子情報や、非霊長類レンチウイルスの Vif タンパク質の機能についてはほとんど研究が実施されておらず、宿主 A3 とウイルス Vif タンパク質の相互作用の観点から、ほ乳類とレンチウイルスの共進化原理について議論・理解することが困難であった。
 これまでの先行研究から、ウシ族(Tribe Bovini)に属する動物は、A3Z1, A3Z2, A3Z3という 3種類の A3 をコードしている。 また、ウシ族には、ウシ免疫不全ウイルス(bovine immunodeficiency virus; BIV)とジェンブラナ病ウイルス(Jembrana disease virus; JDV)という、系統・病原性・地理的分布の異なる 2種類のレンチウイルスが存在することが知られている。 そこで本研究では、ウシ族の動物種の A3 遺伝子を決定し、それらと 2つのウシレンチウイルス(BIV, JDV)の Vif の相互作用を分子ウイルス学的実験によって検証することにより、ウシ族の動物種とレンチウイルスの共進化・進化的軍拡競争の原理を理解することを目的とした。
 まず、ウシ族に属するすべての動物種(ウシ、ゼビュー、ヨーロッパバイソン、バンテン、ガウル、アメリカバイソン、ヤク)の体毛・組織を日本国内の動物園から入手し、ゲノム DNA を抽出し、PCR 法を用いて、各ウシ族すべての動物種の A3 遺伝子の配列を新規に決定した(図1)。 得られた A3 遺伝子情報を基に分子系統学解析を実施し、特にウシ族 A3Z3 遺伝子の 32, 62, 92番目のアミノ酸が進化的に正の選択(positive selection)を受けていることを明らかにした。 また、ウシ族 A3Z3 タンパク質のホモロジーモデルを作製したところ、特に 62, 92番目のアミノ酸がタンパク質表面上に露出していた。 次に、各種ウシ族 A3Z3 タンパク質発現ベクターとウシレンチウイルス Vif タンパク質発現ベクターを用いた分子ウイルス学的実験を実施し、ガウルというウシ族動物種の A3Z3 が、JDV Vif による分解に抵抗性を示すことを明らかにした。 さらに、各種変異体を用いた実験から、ガウル A3Z3 の JDV Vif 抵抗性は、正の選択を受けている 62, 92番目のアミノ酸が規定していることを実証した。 そして、分子系統学的手法から推定したウシ族共通祖先の A3Z3 の配列情報、およびその情報を駆使した分子ウイルス学実験により、ガウル A3Z3 の JDV Vif 抵抗性は、今からおよそ 260 万年の間に獲得された形質であることが推定された。
 興味深いことに、ガウルは東アジア大陸に棲息しているのに対し、JDV はインドネシアの離島(バリ島、スマトラ島など)でのみ分離・同定されたウイルスであることから、現在のガウルと JDV の分布に地理的重複はない。 しかしながら、地質学的研究から、現在半島・諸島となっているインドネシア地域は、最終氷期(約7万年前-1万年前)には「スンダランド(Sundaland)」という陸地であったことが明らかとなっている。 これらのことから、ガウルと JDV(あるいはそれらの祖先)には地理的交流が過去にあり、それがウシ族とウシレンチウイルスの共進化・進化的軍拡競争の駆動力となっていたことが強く示唆された(図2)。
 本研究は、分子系統学・構造生物学・実験ウイルス学を駆使した学際共同研究であり、アジアにおいてほ乳類とレンチウイルスの進化的軍拡競争が行われていたことを強く示唆する初めての研究成果である。




図1. 本研究で新規に同定したウシ族 CYTB遺伝子(左)と A3遺伝子(右)の分子系統樹.



図2. ガウルと JDV の生物地質学的理解. 世界地図(左)とアジア地域(右, 左図中で四角で囲んだ地域).
現在のガウルの生息域(赤:IUCN Red List of Threatened Speciesより引用)、JDV が分離・同定された島(緑:バリ島、ボルネオ島、ジャワ島、スマトラ島)を示した。最終氷期に陸地であったと考えられる「スンダランド(Sundaland)」という地域を薄水色で示した。